美大受験予備校。芸大受験予備校。芸大、各大学の入試対策にがっちり取り組みます。東京都にある中央線沿い立川駅徒歩1分の有名美大受験予備校。個人の志望校に合わせた指導体制を整えています。芸大、美大受験の合格基準を知り尽くした講師陣があなたを引っ張っていきますので、実力が飛躍的に伸びます。芸大、美大受験のための学科対策は授業+小テスト+模試で完璧。高1高2基礎デッサン力養成コース。デザイン科、油絵科、彫刻科、日本画科、映像・先端芸術科。建築コース、中学生受験コース。美術系高校受験の方、中学生コースがあります。芸大受験、美大受験をされる方で遠隔地で当学院に通えない方は通信教育をご利用ください。          
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2015年度
2016年度
2017年度

東京藝術大学 [ 油画専攻 ] 合格
 
今井 ちよ 長崎県出身

一次試験当日もいつも通りの朝でした。緊張はあまりなく、自分に出来る事は少ないから、それを一生懸命やるだけでした。 モチーフを見たときは少し興奮しました。私は生き物を見るのが好きだからです。私の席からは鴨しか見えなかったので、鴨を描こうと思いました。 試験の前日ずっと本を読んでいて、そこに原子の移動や諸々の事が書かれていました。 私たちの目で図る物体は一見じっとしているように見えるけれど、状態はいつも変動して、世界中をびっしり埋め尽くす小さな粒は、常にくっついたり離れたりしているらしいです。 デッサンのテーマは変化だったから、そういうあてもないことを考えながら描きました。鴨は剥製だったから、もともと生きていた体から、意識が剥ぎ取られ、 今は死んでいる、一応そういう変化の物語を前提に絵を描きました。ただ実際描いてるときには、もっとどうでもいいことを、たくさん考えていたとおもいます。 お昼ご飯には、セブンイレブンのクリームパンを食べました。
二次試験は3日間ありますが、毎朝の満員電車に不安がありました。キャリーケースが重くてかさばるのと、どうしても筆洗液が容器から零れるのに気を使いました。 異臭騒ぎになったらどうしようとハラハラしました。それと私は椅子に座るより膝立ちや正座で描く方が楽で好きなのですが、座布団の使用が許可されなかったので膝がとても冷えました。 1日目は校舎内をうろうろしてスケッチブックにドローイングやメモをしつつ、7~8階の階段から見える風景と氷を合わせて描こうかなと思っていました。 キャンバスは横向きで、実際に下地も合わせて大まかに色を乗せた所で1 日目が終わりました。 でも帰りの電車で、やっぱりあれはなんか嫌だなと思えてきて、石膏にしようと思いました。画面の縦横、構図の当てはめ、 キャンバスのどの辺りにどういう色が乗っていたかは覚えていたので、既に乗せた色も生かせるように、だいたいこんな風にしようと自宅で決めました。 でも2日目石膏室に行っていざ見ると、思う形に当てはまる石膏がなくて( トルソーの肩に氷を乗せて、画面にくの字の形を作ろうと思ってた)、だからもうやけになって、 その場でジュリアーノ・メディチの墓という石膏像に目をつけました。メディチの墓の、メディチ像の部分ではなくて、下で俯いている裸婦の表情がとても綺麗だったから、 この人を描きたいなと思い決めました。全体と、部分と、必要なものを大まかにクロッキーして、2日目の午後から改めて描きはじめました。 既に結構いろいろな色が乗っていたから、わたしの場合はそれが描きやすさに繋がっていました。2日目に大まかな形とトーンが決まって、 3日目はひたすら色のやりとりをしながら画面を動かしていました。 結構最後の最後まで、ずっと手を入れ続けていたと思います。デッサンも然り、私は移ろいゆく形の弛緩や緊張に興味があるので、 時間の経過とともに溶けていくモチーフの氷や、いつまでも同じ形を保っているように見える石膏像を混ぜ合わせてやりたいという気持ちでいました。 ただ正直な所には、メディチの墓の裸婦に決めた時点で氷のことをすっかり忘れていて、描きはじめてから足元の暗い色の溜まりを、氷にしちゃおうと決めました。 1人暮らしでほとんど自炊をしないので、3日ともお昼はローソンのおにぎりでした。 卵かけご飯味が意外に美味しい事と、コンビニおにぎりは横から食べる方が美味しい事がわかりました。 試験後とくに後悔などはなかったけど、わたしはスケッチブックをほとんどエスキスやメモ用にしか使わなかったので、もっと色々描いた方がよかったのかなと思っていました。 でもそれでよかったみたいだし、きっとそれは描かれた油絵の感じや、その人による事なんだろうと思います。 二次試験は3日もあるから、気持ちは結構ゆっくりしていました。何にせよ受験するのも多分今年で最後だと思っていて、終わるとすっきりしました。

 

 

東京藝術大学 [ 油画専攻 ] 合格
 
梶 雄介  東京都出身

試験当日は普段のアトリエとは明らかに異なる緊張感を孕んだアトリエの雰囲気に久々に触れ、 自分の気分も高揚し割合テンション高めに試験に臨めた覚えがあります。気分的にも楽しんで描けました。 過去の合格者メッセージを読んでも楽しく描けたと書いている人が多く浪人しているときはそれを見てなに言っていやがると思ったものですが そういう所も少しあるのだなと今になって思います。 あとタチビについて、大学に入るとやはり授業や教職などの関係で制作の時間を削られることが多々あります。 それを考えるとタチビでの生活、特に浪人生活は本当に一日中絵のことを考えていられた貴重な時期であったなと思います。 これは僕の個人的な感想ですが浪人するかどうか迷ってる方、浪人するのも悪くないですよ〜。 最後に、もし現役で受かっていたらと考えたとき、浪人生活も大学での生活もなかったんだと思うと受かるまで4回かかった事は良かったのかなと思います。 ( これは受かったからこその結果論ですが・・・) この先も寄り道をしながら着実に前に進んでいきたいと思います。

 

東京藝術大学 [ 油画専攻 ] 現役合格
 
真島 柊  東京都出身

入試
この1 年間、僕の心身はとても不安定だった。特に1月になってから目の酷使や受験に対する不安、人間関係に悩んだりしてストレスが溜まり偏頭痛がとてもひどかった。 やり場のない苛立ち、不安が毎晩僕を襲ってきた。 その結果、深夜にまた頭痛が起こり寝不足になりタチビに遅刻し、また自分に苛立つことで焦り、不安になり頭痛が起こる、この悪循環が続いていた。 本当に苦しかった。描きたくても描けない。武蔵美の入試も頭痛がひどく油彩の試験は辛かった。 最後の1 時間はまともに筆を握れないほどだった。途中、( もう描くのをやめてしまおう) と何度思ったか。 でも、ここで諦めたら自分の三年間は無駄になってしまう、そう思い描き続けた。武蔵美に合格した時はただ諦めずよかった、そう思った。 その後、藝大一次。武蔵美から藝大一次前に肩の荷が下り視野が広がる感覚があり、なにかを掴めそうな感じがあった。 試験では、常に画面がどう見えてるか、この画面を良くすることを第一に考え誠実にモチーフと画面と対話することを心がけた。 二次でも、後悔しないようにと思いながらひたすら描いた。 試験の絵を描くというよりは、自分の作品を描いて見てもらう、ただそのことだけを考えて他のことは考えず、目の前にある絵を良くすることだけを考えた。 だから今まで描いてきた中で一番画面と対話しながら描けたと思う。 ずっと自分が優先になっていたけれど、この画面に何をすべきか必要なのかを感じながら描けた。 感じながら描くことの大切さがわかった気がした。これで落ちたらしょうがない。 自分の実力不足だと思えるくらいに全力を出し切った。 試験が終わりタチビで荒井先生に会った時に『描ききりました。後悔しないように全部出し切りました』と心の底から言えた。

タチビ夜間部での生活
こ結論から言うとタチビ夜間部は本当に居心地の良い空間だった。僕は、高3の6月の中旬頃から夜間部に通いました。 本来は予備校には通わず学校で受験対策をする予定でしたが、周りの人たちが次々と予備校に通いだしメキメキと上手くなっていくのを感じてとても焦った。 親にお願いして予備校に通い始めた日、夜間部のみんなの絵を見たとき弾丸が心に突き刺さったような衝撃があった。 静物画を各々自由に油で描いていた。そして皆上手い。自分は全然描けない、焦りはさらに加速していく。 臆病でビビリでそのうえ頭でっかちな自分は絵にもそれが反映されていた。やりたいことはあるが、でも失敗したくない、怖い、 だから先生にいちいち言質をとらないと不安でしょうがない。あるはずもない指南書を必死で探し、見つけたそれを指南書と思い込ませていた。 だから描き進んでいくと不安になりわからなくなる。前人未到の山へ挑む冒険家がその山の安心安全ガイドブックを持っているだろうか。 でも、その時の自分は、そんなことをずっとしていた。 荒井先生が『受験でこうすれば受かるなんてことはない』と言っていたことが今ならわかる。でも、その頃の僕は自分で一杯一杯だった。 不安と焦り、嫉妬、様々な悲観的な感情が優先し周りが見えなくなり、大切な人に当たり傷つけてしまった。 今はあの時の自分の行動に嫌悪し後悔している。12月ごろ荒井先生と面談をした時に『みんなだって不安はあるよ。 柊は自分が自分がって、思いが強いからもう少し絵のことを見れるように成るといいよ』そんな感じのことを言われたときに、変わらないと!と思った。 そこからは、頭の中でうじうじ考えながらやるよりもガツガツビビらず描いていくスタイル: 肉食系: と名称して描いていった。 入直の頃になると辛く苦しい時に先生がお菓子を毎日くれて、気分転換にもなりとても救われまた。 夜間部の皆もお菓子をくれたり絵の話、雑談をして入試を乗り切ることができた。夜間部もこれで終わりだと思うと本当に寂しい。 あともう1年居たい、そう思えるほど本当に良い空間だった。先生、夜間部の皆、本当に優しく良い人達で恵まれていた。

これからもずっと…
僕が藝大に合格したのは運が良かったことが大きいかもしれない。 僕はデッサンが決して上手い人間ではないから、じわじわネチネチと諦めずに気持ちを込めて描いた。 だから気持ちでは他の人にも引けをとらなかったと思う。 諦めずに描くことの大切さを武蔵美の入試で実感し、藝大でもいい作品を描こうという気持ちを持ちながら描き続けたから結果として合格に繋がったと思う。 僕の中で描くことは呼吸をするのと同じくらい当たり前で大切な存在だ。 高校に入ってからの3年間、特にこの1年間は嬉しいこと楽しいことよりも焦り、嫉妬、心身の不安定といった苦しいことの方が多く、 絵を描きたくないと思うことが数えきれない程あったが、辛いことがあっても人は呼吸を止めたりはしないのと同様に僕は描き続けてきた。 だから、今までよりも辛いこと苦しいことが大学へ行ったらあると思う。 でも僕は描くことを続けていくだろう。これからもずっと…
毎日お弁当を、朝早くから作ってくれたり予備校のお金、画材費をだしてくれた家族、熱心に指導してくれた先生、 切磋琢磨し合い僕のうるさい独り言にも文句言わず付き合ってくれた友達、僕に関わってくれた全ての人に感謝してます。 本当にありがとうございました。これからは、今度こそは僕が大切にしたい人、ものを見る視野を広げて大事にしていきたいです。 本当に1年間ありがとうございました。

芸大に入ってから
大学に入っても変わらず油彩とデッサンは常にしています。定期的に石膏デッサンをして基礎的な観察力をつけることは変わらずしてます。 変化としては今までの受験の時よりも対象を深く見つめる時間が増えました。自分と対象の距離、環境といったことを気にしながら今は創作活動しています。 また、自分を改めて見つめ直そうと思い自画像を描く機会が増えました。

周りからの刺激
タチビに通ってたおかげでタチビ出身の先輩にはとてもよくしてもらっています。 時々、ご飯を一緒に食べに行ったり、先輩の絵の展示に観に行ったりした時に下地の作り方から技法のこと美術界のこと、 藝大のこと、くだらない話などいろいろなことをを教えてもらっています。 同級生には、今まで、僕があまり触れてこなかった現代アートをやってる人との交流でき日々いろんなことを相手の作品、会話から学ばせてもらっています。 浪人した先輩からデッサンを教えてもらったりお互いの好きな作家の話をしたり互いの作品について意見を言ったりして充実した暮らしを送っています。 そして何よりもみんな作品がすごく、僕も負けてられないなという気持ちになりいい刺激の中で制作ができてると思います。

 

 
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