基礎科・彫刻家講師の丸山先生より「デッサンについて」


 基礎科・彫刻家講師
 丸山

 デッサンの初歩的な課題として球や立方体等の幾何形体を描くことがあります。
 一見してただのマルやシカクとしてしか見ないものを、3時間、課題によってはそれ以上の時間をかけて描くこともあります。
 私が最初こういった話を聞いたとき、ただマルやシカクを描くのに何故そんな何時間もかける必要があるんだと驚いた記憶がありますが、皆さんはどうでしょうか。

 幾何形体の考え方を含め、光の明暗、パース、質感、デッサンをするにあたり必要な考え方は様々ですが、基本的に「写実的に描く」ことを目的とする場合が多いと思います。
 試験課題対策等の都合上、私たちの指導も写実的に描くことを目的とした指導になることが多いですが、目の前にあるものが何なのか観察を深め考えるために必要なことは、 必ずしも写実的に描くことばかりではないということを忘れてはいけません。
 形が歪む人や独特な色遣いになる人がいますが、それを狂いとして正す前に、 目の前にないはずのありえない形が何故現れるのか考えてみてもいいかもしれません。

 どんなモチーフをどう描くにしても、例え微かであっても「ああこうなっていたのか」とか「こんなに描いたことないな」など、モチーフに対してでも絵に対してでも、 目の前にあるものに対する関心が深まった感覚があるのならその感覚は大切にしてください。
 自分を変える感動というものは、衝撃的な瞬間を与えられることもありますが、 少しづつ体験の積み重ねで実感していくものでもあると思うからです。
 目の前のモチーフと向き合いながら「これは何なのか」と時間をかけて投げかけることができる、 デッサンという遊びなのか勉強なのか修行なのかよくわからない行為は、目の前にあるものの価値を見つけることや、それができた自分自身を前向きに自己評価し認められることにも気付ける、 シンプルながらも意味のある行為だと思います。

 どんなことにも言えることですが何かを発見したい、身につけたいといったときに、必ず楽しいことばかりではなく、辛いことや忍耐が必要な時はあります。
 ただ、自分に何かを課し、それを達成することができた時、他の何にも代えがたい自信につながっていくことでしょう。

 やりたいことがはっきりとはわからないけどなんとなく絵は好きだという人は、ただのマルやシカク、白い石像としてしか見ていなかったものから何を発見できるのか、挑戦してみてはいかがでしょうか。