美大受験予備校。芸大受験予備校。芸大、各大学の入試対策にがっちり取り組みます。東京都にある中央線沿い立川駅徒歩1分の有名美大受験予備校。個人の志望校に合わせた指導体制を整えています。芸大、美大受験の合格基準を知り尽くした講師陣があなたを引っ張っていきますので、実力が飛躍的に伸びます。芸大、美大受験のための学科対策は授業+小テスト+模試で完璧。高1高2基礎デッサン力養成コース。デザイン科、油絵科、彫刻科、日本画科、映像・先端芸術科。建築コース、中学生受験コース。美術系高校受験の方、中学生コースがあります。芸大受験、美大受験をされる方で遠隔地で当学院に通えない方は通信教育をご利用ください。          
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太田茜

太田茜
東京藝術大学 油画専攻

探すこと
 受験当時から、私は常に何かを探している。ワードや、イメージ。自分の気になっているもの、無意識に選んでいるものの共通点。そういったものを、いつもノートに箇条書きしていた。 カメラを持ち歩くようにして、あっ、と思った瞬間を撮ってファイリングしたり。そういう行為を重ねていくと、自分が何に惹かれているのか、どういうことに興味があるのか、 自ずと見えてくるようになる。・・・・・・授業や課題だけを黙々と熟していると、驚くほどあっさりと時間が過ぎてしまうので、常にアンテナを張っていたことを記憶している。 また、私は記録をするのも殆ど癖のようになっていて、エスキース帳やクロッキー帳とは別に、課題毎に自分がこの作品についてどう思ったか、講評で何を言われたか、同じ課題で 良いと思った人の構図をメモ、次に同じ課題をやるとしたらどういう構図を取るか、などカルテのように細かく記録していた。立美に通っていた一年半でノートは四冊になり、 それは大学生になった今も続いている。
 私にとっての予備校は、表現を探すことと、その表現の手段としての技術を学ぶための場。私は、高校三年生の夏から浪人一年目で合格するまで立美に通っていたので、 周りに比べると少し短めの期間ではあったけれど、受験時に探していたものは今現在の制作にも通ずるところがある。受験中はどうしても試験がゴールに思えてしまうけれど、 その先に続くもの、自分が今後何をやっていきたいのかを考えることも大切。あとは、たまの気分転換も。

作品

「旅の流線」2015 年

深く知ること
 大学に入ると作品を発表する以上に、自分の思考のプロセスや、制作の核の部分を周りの人に発信(プレゼンテーション)する機会が多くなる。そこで改めて、 自分は何の為に、何に動かされて、物をつくっているのかを考える。自分のことを他人に話すということは、自分でも自覚していなかった部分が見えたり、 新しい何かを発見することが出来たりもする。大学に入り、様々な人に出会い、他人に触れていくことで自分自身のことを深く掘り下げる機会を得ることが出来る。 また、知ることは自分の内部だけではなく、外のこと(たとえば、他人、ルール、美学・歴史)もそうであって、そのどちらもを深く知るきっかけを拾えるのが、 大学という場所だと私は思っている。だからそれらは、拾おうと思わなければ拾えなかったりもする。



繋ぎ合わせること
 私は制作において、「触れる」ということをテーマにしている。ものに触れたときに受ける感覚的なもの、そこから派生した想像・イメージから生まれるかたちをきっかけにして、 直接的な形で繋ぎ合わせ形を作っていくのが私の大まかな創作のプロセスだ。制作に用いるのは主に、捨てられたもの(廃材)や、落ちているもの(枝や石など)であり、 それは私の収集癖からきている(記録癖も一種の収集癖なのかもしれない)。なぜそのような浮遊した素材を使うのかというと、その物が、私の知らない誰か(何か)に 所有されていた時間を持っているからである。私は、これを作りたいから、これが必要、という制作はしない。これがあるから、これを作る。飽くまでも物から受けたイメージで 制作をしているので、能動的であるより受動的でありたい。
 ”皮膚感覚”や”身体感覚”というものに重きを置き、平面・立体・インスタレーション・写真・文章・音・小説作品、と様々なメディアを用いてきた。 「触れる」ことは直接的であって間接的でもある。その距離を、ずっと計っている。だから、先に「触れる」ことが「テーマ」といったが、テーマというよりは 共通項という方がしっくりくる。触れることをテーマにしたというよりは、作品が全て触れている。 拾った断片を繋ぎ合わせていくと、探し続けてきたパーツが繋がる瞬間が必ずある。今やっている名前の付けられない行為も、どこかに繋がっているかもしれないと思うと、 妙な気分だけれど、そんなとき私はいつも浮き浮きしている。予備校へ通っている時間は、何も大学に行くためだけの修行の時間だとは限らない。 ちゃんと、どこかに繋がっている。だから、「あせらず たゆまず おこたらず」だ。

作品
作品

学部1年作品 「a skin」2013

作品

学部1年作品 「a skin」2013


瀬尾侑之

瀬尾侑之
東京藝術大学 油画専攻

予備校時代
 私は栃木の予備校の基礎科に1年間、油画科に2年間通い、1浪をして東京藝術大学に入学しました。私の予備校では前期はモチーフを見て再現するような 描写力に特化した制作をし、後期にどう課題に答えるか、作家の視点としてどんな絵を描くかということを考えていきました。>br/>  漫画家になりたいと考えていたので、はじめは芸大に入りたいとはさらさら考えておらず、油画科に入ってからも、芸大は、 私なんかが目指す場所では無いと考えていました。しかし、あるとき、一人の先生に志望校を聞かれたときに、第一志望は無く、なんとなく某私立美大を希望しているが、 できたらお金がないので東京芸大に入りたい等と答えると「どの大学でもいいという中途半端な意志しかないのなら、どの学校もあなたのことを採りたいと思わないよ」 と言われ、そこで初めて私でも目指していいのだな、と思ったことを覚えています。真剣に取り組みたいという目標ができ、同じ方向に進む語り合える友達と出会い、 その思いを受け止めてくれる先生が居てくれた。その結果、念願だった大学に入ることが出来、生まれて初めて自分の一生懸命な姿を自分で目の当たりにすることができました。

立美生時代作品
立美生時代作品

浪人時代作品

大学はこんなところ
 大学では、最高の出会いが待ち受けていました。鮮やかで個性的な友人と、肩を並べお互いを知り、時には教授の助言よりも鋭い意見を交わす。 展覧会に行ったり作品をギャラリーに展示したりと忙しくも充実した四年間を過ごしました。大学は、予備校と比べ、総てが自由で、良いも悪いも 自分で決めなくてはなりません。サボっても誰にも何も言われない、いわば自分の舵を自分で取らなくては先に進めない状況が続きます。 教授には毎日顔を合わせないし、課題も年々自由度を増していく。それは時に孤独で怖くなることもありましたが、それでも作品が出来た時には嬉しく、 やっぱりこの道しかないなと思えて続けてしまうんですよね。また、絵画にしか興味が無かった私も、大学でさまざまな刺激を受け、現在は写真、 映像、インスタレーションと作品の表現の幅が広がりました.



最近
 私は現在同じ大学の修士1年に在籍しています。今年は英語の学習のためにフィリピンに4ヶ月ほど留学していました。平日は毎日10 時間ほど机に向かい、 今までしてこなかった勉強の埋め合わせをしました(笑)ルームメイトも先生も外国人で、英語を使わないと意思の疎通がとれないのですが、逆に言えば 英語を話せるようになるだけで、全世界の人たちと交流することができるようになることを実感。今はそれが1番楽しくて、これからも英語でもっと多くのことを 話せるようになりたい、ゆくゆくは英語で美術の話が出来るようになりたいと考えています。



生徒のみなさんへ
 毎日絵を決まった時間に何時間も描く期間というのは、予備校の期間が唯一だと言ってもいいと思います。毎日早く起きて、長時間イーゼルに向かうというのは、 すごく身体的に疲れるし、その日の作品の出来や評価に一喜一憂して精神的にも、楽なことではないです。しかし、ここでの努力は自分はこれだけ頑張れるんだという バロメーターとなり、必ず未来の支えとなります。
 予備校時代に憧れていた大学も、四年通うと実家のように当たり前で近しく心強い存在となります。だから今の自分は目標にほど遠いのではないかと思っている人も、 どんな人も望む前から諦めずに、自分の目標に100 パーセントアタックしてほしいです。美術は、望んだ人にはどんな人の味方にもなる場所だと私は信じています。

作品
作品
作品
作品

大学での作品


波多野絵美

波多野絵美
東京藝術大学 油画専攻

粘ること
 私は福岡から上京してタチビで3 浪し、まず多摩美に受かりました。浪人中は秋までバイトをして冬からタチビに通う日々でした。都会は思ったよりも楽しかったので 遊ぶ日と描く日のオンオフをしっかりつけて過ごしていましたが、思い出すとどうにも肩に力が入り過ぎて視野が狭まっていたと思います。 油画科は素直さと敏感さ(感じ取る感性)が技術よりも大切だと思っているので結果4 浪してしまったことは仕方がないことだと思います(画面に対してきちんと向かい合い 最後まで粘ることをしたのも多摩美に受かってからだったかもしれません)。今タチビに通っている方々も上記したことは何となくわかっていることだと思いますが、 それよりも更に意識をして入試まで過ごして欲しいです。

立美生時代作品

立美生時代作品

制作- その先へ-
 多摩美時代は私立だということを活かし、時間がある時は大きな図書館で映画や画集を観て過ごして感性や知識の幅を広げようとしていました。 休みの日はコンテンポラリーダンスやミュージカルなど自分の分野ではないものにも足を運び、とにかく視野を広げ将来どこに自分が活躍できる場があるのかも 考えながら過ごしていました。その時はまだ藝大に受け直すということはあまり考えておらず「気が向いたら最後に1 回だけまた受けてみようかなぁ」と 思っているだけでした。ですが冬に突然「あれ?私の居場所はここじゃない」という考えが起こり藝大を受け直そうと決めました。虫の知らせかはわかりませんが 「受けてみろ」と突然言われたような気もしたし、もしまた落ちても多摩美があるしいいよねと肩の力を抜いて受験出来そうな気もしていました。 残念ながら入直〜合格発表時はとても体調が悪く点滴など受けていたのであまりタチビには通えませんでしたが、デッサンや受験絵画をまた思い出すきっかけになって 良かったと思います。なによりあの入直特有のピリピリとした環境・空気感が鈍った画面への真摯さを感じれて良かったです。藝大に入ったあとは多摩美よりも 放任主義という感じで、何でも自分から動かなければいけないという当たり前なことだけど「責任を伴う場所だなぁ」という印象を受けました。 あとはどの学年にもタチビ関係の知り合いが居たので、すぐクラスメイト以外の友人の輪が広がって行きました。私は美術をしている人のことを友達というより 仲間として考えていましたが、大学に入ると仲間というより俄然ライバルという言葉がしっくりくるなと思うくらい、皆ギラギラしていて切磋琢磨していました。 それもあってか自分の年齢のせいか将来のことは毎日のように考えています。画家になるのか教師になるのか、就職または院に行くのか... 大学は自由だけど責任が発生して先のことと向かい合わなくてはいけない場所です。勿論楽しいことが大半ですが、受験を終えた皆さんに失敗してほしくないので 少しお堅いことを書いてみました。周りの人と高め合い、タチビで培った技術や感性を常に育てて下さい。



作品

立美生時代作品

作品
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作品

大学での作品

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